我がへべすの御師であり義父が、3月3日の早朝に85年の生涯に幕を下ろした。
昨年の8月頃にコロナにかかり入院し、そのまま自宅には戻れぬまま帰らぬ人となった。
初めて義父と会ったのは、結婚の許しを請うために妻の実家を訪れたときだろうか。
いつ結婚の許しを請うかタイミングを計っていると、義父から突然ふつつかな娘を宜しくと言われて、慌てて娘さんをくださいと返事したのを今でも覚えている。
そして、2012年春頃から東京から宮崎県門川町に拠点を移しへべす農家となったわけだが、義父とのエピソードは数え切れない。
冒頭でへべすの恩師と言ったが、正確には恩師は別にいて義父は2番目であった。
1番目の師は、へべす研修で1年間お世話になったお隣の日向市の農家さんだ。
農業のやり方や考え方は人それぞれ大きく違うため、私は研修先の栽培方法を参考にしていた。
なので義父のやり方に対しては、否定的な意見を持っていた。
おそらくブログを書き始めたころの日記を読むと否定的なことが書かれているだろう。
だが、へべす農家になり10数年経った今、義父の言っていたこともよくわかるようになってきた。
詳しく書くときりが無いので、ここでは辞めておこう。
通夜、告別式、火葬、初七日(お寺の事情で早まった)を昨日無事に乗り切った。
おかげで、すっかりアルコール三昧となってしまい、普段は飲まない男の称号が遠のいてしまった。
まぁ良い。
無事に初七日を終了した昨日の夜は、古澤巌(世界的なヴァイオリニスト)さんのミニコンサートへ家族4人で行ってきた。
コンサート会場は、なんと小さな神社の中。
定員は40名。
手を伸ばせば触れられるほどの距離で、世界に誇るヴァイオリンの音を堪能することができた。
何で古澤さんがこんなコンサートを開くのかというと、日向市と縁が深いためだ。
当然、へべすも大好きだ。
というわけで、門川町のへべす農家としては是非ともご挨拶をしなければと。
嘘。
あわよくば私の商品のファンになってくれたら最高だなと、すけべ心満載でへべすの加工品を手に携えてコンサート会場に向かった。
(妻は、古澤さんの大ファンでよくコンサートに行っている)
圧巻のコンサートが終了し、係の人にぜひ挨拶がしたいと言うと心よく対応していただき、すぐに控室から古澤さんが現れた。
なんとまぁ、気さくな人なんだろうか。
大物とはこういう人を指すのであろう。
古澤さんは、私の見え透いた下心もよくわかっていて、写真を撮るときには商品を手に取ってくださった。
帰りの車のなかで、子供たちに薄っぺらい大人の姿を見せてしまいなんだか恥ずかしくなった。
しょうがない。
顔はでかいが、小物だもの。
私もいつか世界的なへべす農家になって、子供たちに大きな背中を見せてあげようと思うことにしよう。
もう51歳だけど。